教会のご紹介
福生ベテル教会は1954年以来70年にわたり、福生市とあきる野市を中心に、イエス・キリストの福音を宣教してきました。
始まりは、アメリカのワシントン州シアトルにあった「ベテル・テンプル」教会です。この教会からルース・キロネン師が派遣され福生に会堂を建設しました。その後、複数の宣教師たちが赴任し、現在は津坂良夫&のり子師が、1980年から牧師として任命を受けて働きを担っています。

私たちは「主日礼拝」を大切にしています。
主日礼拝では、信徒が共に集まり、主を力強くいきいきと礼拝しています。私たちは神をほめたたえるために創造されたからです。
また、礼拝では神のことばである聖書からお話がなされています。私たちは神のことばによって養われ、励まされ、導かれるからです。

「主日礼拝」には家族が一緒に参加しています。私たちは、家族でともに礼拝に参加することをお勧めしています。そして神の家族として互いに励まし合い、祈り合う、暖かな交わりを持つように努めています。
ぜひお気軽に教会にお越しください。
教会の歴史
私たちの教会の始まりは、アメリカのワシントン州シアトルに存在していた「ベテル・テンプル」というペンテコステ教会でした。

ベテル・テンプルは、英国人、ウィリアム・ヘンリー・オフラー師によって始められました。彼は1899年8月10日にワシントン州スポーケンに移住し、その町で救われ聖霊のバプテスマを受けました。1914年に神の召しを受けたオフラー師は、シアトルのパインストリート・ミッションの教会の牧師に就任しました。この教会が後にベテル・テンプルと名称を変更し、75名の宣教師たちを世界に派遣したペンテコステ教会となりました。

この教会から私たちの初代の宣教師、ルース・キロネン師が派遣されたのです。彼女は日本に到着後、「アメリカ軍人の母」として働きを開始しました。1955年に会堂を建設するとアメリカ人と日本人が数多く集うようになりました。彼女は福生市に住み、アメリカ軍人の母となるというビジョンを持ち、アメリカ軍人に宣教、1954年に初めの会堂を建設しました。

その後、1956年にジョン&エルシー・ベントンが来日し、1961年にはアルフレッド&ウイルダ・ベイドがインドネシア、中国を経て福生ベテル教会に赴任しました。その後、息子のクライド&イボンヌ・ベイドが来日し長期間日本で働きました。1970年にはあきる野市にもう一つの建物を建設し、教会の働きは福生市とあきる野市を中心に拡大していきました。
1980年に津坂良夫&のり子師が牧師として任命され、現在に至っています。
教会の特徴
私たちの教会は、ベテル・テンプルを共通の母教会としている教会のグループ「日本ベテルミッション」に所属しています。礼拝のスタイルは、ワーシップの賛美を取り入れたバンドによる礼拝を行い、アルファコースを開催し福音を伝えています。又ユダヤ人との和解と平和の架け橋を結ぶために、ブリジッスフォーピース主催の「ハイナイト」(いのちの祈り会)を開催しています。
牧師紹介

牧師 津坂良夫
東京の目黒区で生まれ、1970年にクリスチャンになりました。中央聖書学校を卒業して結婚。1980年に福生ベテル教会の牧師に就任し、以来40年以上にわたり、牧師として働いています。
現在は1992年に設立した「日本ベテルミッション」の会長として、また異邦人クリスチャンとユダヤ人との和解のための団体「ブリジッス・フォー・ピース」の理事として又とりなし手として夫婦で働いています。
牧師 津坂のり子
東京都文京区の生まれ、1965年にクリスチャンになりました。中央聖書学校を卒業して結婚し、主人と共に福生ベテル教会の牧師夫人として働いています。教会での働きは婦人のバイブルスタディをおもに奉仕しています。趣味はガーデニングです。
| 伝道師 | 岩本宏行・ウエンディ |
|---|---|
| 伝道師 | 延命信一・恭子 |
福生ベテル教会 アクティビティセンター

あきる野市にあった旧会堂「秋川ベテル教会」は、「あきる野チャペル」として続けられてきましたが、今度、あきる野市の「区画整理事業」により、オンライン教会「福生ベテル教会 アクティビティセンター」に生まれ変わります。2025年1月からオンライン礼拝がスタートします。

